『今の』や『正式には』としたのは、過去には仏教、具体的には真言宗智山派の檀家であった、ということがある。
ただ、これも正確ではない。
今も寺の檀家の一員であるからだ。
ややこしくなるが、我が家では最近の葬式は神道形式で執り行っており、神主が祭詞を奏上し、玉串奉奠(たまぐしほうてん)として榊を捧げる。拍手(柏手-かしわでとも言う)は忍び手というパンパンという音を立てないやり方だ。
まさに神式の葬儀でなのある。
そして『戒名』というものが無いのである。
戒名がないから、位牌には俗名に君命神霊(男性の場合)や刀自神位(女性の場合)等を付けて記す。
少なくとも祖父母の代からは、死しては仏ではなく神霊としての扱いとしているのである。
院殿居士・大姉などのいわゆる仏としての戒名の位牌も確かにあるが、古い時代のものばかりだ。
その時代からの寺との付き合いが途切れずにあるのであろう、細々とだが続いている。
盆の行事そのものはまさに仏教の色彩が濃いものであるが、神道の我が家でもこのお盆をしきたり通りに行っている。
代々、特に違和感無く続けられている習わしである。
祖霊をお迎えし、敬い、送り返す。
本地垂迹(ほんちすいじゃく)でも、反本地垂迹でもよいが、神仏混淆の精神世界が確かにここにあるのである。
神も仏も、まさに混淆状態の説明し難い状態なのである。
いつどのようにして仏式から神式に変わったのか、不詳だ。
そう遠くない過去であることだけは確かなのだが。
当時を出来事を知っていたはずの祖母が存命していたときに、古い時代の話をもっと聞いておけば良かったと、今になって思う。
改宗するほどの強い動機とは、いったい何だったのだろうか?
森羅万象や祖霊に対する畏敬の念が強い神道は、農業のように自然を相手にして作物の出来・不出来を天に任せる生活形態には、より適合していると感じるが、さてどうだろうか。
大地震も、大雨の被害も、落雷も、荒ぶる神の成せる業。
立派な米が穫れるのも、美味な果実が実るのも、甘露な地下水を飲めるのも、神の恩恵。
この盆の週だけは、普段あまり意識せず過ごしている神道を意識し、祖霊を感じとっている。
明日(8/16)の朝、祖霊はあの世に戻ってゆく、という。
祭壇を片付け、位牌を元の仏壇に戻す。
精神的に大きな区切りの行事が、またひとつ終わる。
明日もまた何事もなかったように、蝉は鳴き続け、庭先にはゆらゆらとした暑い夏の風景が広がる。
ふたたび、慌ただしい生活が始まる。
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