2015年8月29日土曜日

RFD

以下の写真が、玉川村駅にひっそりと走って来て、ひっそりと去ったRFDである。
一昨日の明け方にきて、玉川村駅構内に一日間停車していた。その際の写真だ。
通常のトラックの姿であるが、これが線路を走るのである。

RFDといっても、一般の人は何のことやら解らぬに違いない。
レール探傷車と呼ばれる専用車両で、レール内部の傷を超音波や光を利用して走行しながら測定するJRの検査用機械だ。
                   ※RFD=Rail Flaw Detection System

車体後方にある2本の縦に並んだ機器が測定装置のようだ。
素人考えだが、検査走行時にはこれを倒し、線路面ギリギリに当てて超音波を発し、
反射してくる波形をキャッチし分析するのだろうと思う。
この車(車両?)が走ったのは真夜中なので直接姿は見ていないが、かなりの低速走行の音だった。
電化路線用のRFDとはかなり姿を異にしていて、トラック搭載のRFDだ。
一般道をトラックで移動して検査区間の始点まで行き、その後は線路を走って終点まで検査する、という田舎の非電化路線専用の特別仕様になっている。

一般の人は、おそらく目にすることはほとんどないはずだ。
RFDの活動時間帯は、JRの営業運転が終わってからの、深夜から早朝だけ。
隠密行動を旨とする特別な仕事である。
こうやって目にして撮影までできたのは、駅近くの住人としての特権かもしれない。

JRの方々によるこのような不断の目に見えぬ努力と苦労があるからこそ、我々は安心してJRに乗車できている。
決して人目につかない作業だし、ちゃんとしていて当たり前の保線管理である。
なかなか一般の人には認識されにくく、正しく評価してもらえない仕事の一つだろう。
だが、彼らには日々の安全を維持しているのは自分たちだという職務に対する矜持があるに違いない。
ニッポンを支える作業員の現場スピリッツ。なんともすばらしいではないか。

ニホンミツバチ VS キイロスズメバチ

今年はスズメバチが飛ぶのが多いと感じている。
(去年よりミツバチの巣箱が増えているため目撃する機会も多いのかもしれない)
叩き落としたスズメバチ(おそらくキイロスズメバチ)
ニホンミツバチの巣に近づくスズメバチがたくさんいる。彼らにしてみたら格好の餌場である。
巣に入り襲ってきたら集団で取り囲み包み込んで蒸し殺しするのだが、まだその現場には出会ったことが無い。
その前段階で、巣箱に群がるミツバチを捕食しようと近づきミツバチたちの威嚇反撃にあう場面は何度も遭遇している。圧倒的にスズメバチが優勢な戦いだが、単独では到底かなわないニホンミツバチたちは集団で盛んに応戦する。なんとも健気な姿だ。
巣の入口前に十数匹が固まって布陣し、迎え撃つ。スズメバチが近づくと皆が羽を一斉に震わせて威嚇する。

今日、その場面を動画撮影できた。どうやら襲ってきたのはキイロスズメバチらしい。
(→Youtube ニホンミツバチを狙うキイロスズメバチ)

結果的には、最後に捕獲され連れ去られてしまった。可哀想なミツバチであった。
撮影などしていないで、蠅タタキでスズメバチを一撃しておけば良かったか・・・。

スズメバチトラップ(今回は日本酒と酢の混合液)をすべての巣箱に設置した。
ネズミ取りシートも張った(効果を高めるために、わざと半殺しにしたスズメバチを一匹貼り付けた)。
巣箱に張られたネズミ取りシートと、近くに吊ったスズメバチトラップのペットボトル
人間がしてやれることはこれくらい。
あとは、残念ながら自然界の節理だから諦めるしかない。

2015年8月28日金曜日

2015 稲刈り始め

今日、今年度の稲刈りを始めた。
まだ少し刈り取りには早いのだが、倒伏してしまって穂の部分が地面に接してしまった箇所があるためこの部分だけ刈り取りした。

当然に手刈りであり、藁で縛る→オダ掛けする→ビニール掛けする、の流れとなる。
どうにか機械で刈り取れそうなところは残して、ベタっと倒れた部分だけはなんとか片付けた。

倒れた部分の穂は驚くほど軽い。実が太る前に倒れてしまったため実があまり詰まっていない。
そのままにしておいても状況は悪化するだけであり、泣く泣く今日の刈り取り開始となった。
あと一週間もすれば健常な稲ももっとしっかりと実がいる。
さあ、これから忙しくなる。

2015年8月27日木曜日

2016年開業の道の駅(常陸大宮と常陸太田) 工事急ピッチ

常陸大宮市内の岩崎地区で、2016年3月の開業を目指す『(仮称)道の駅常陸大宮』の建物部分の工事が進められている。
現場横を通過した際に鉄骨の組み立て風景が見えた。ようやくカタチが見えてきた。
いろいろなコンセプトを取り入れていて、常陸大宮市としてもだいぶ気合が入っている。

一市民として、この道の駅には賑わって欲しいと強く思う。かつて山方・神奉地にあった『水車』のようにトイレ休憩だけの場所にならないでほしい。


一方、奇しくも同じく来年に開業する『道の駅常陸太田(仮称)』があり、こちらも水郡線(太田線)・河合駅近くの国道349号線沿いで工事が進んでいる(こちらは7月開業)。

常陸太田の道の駅は国土交通省から『重点道の駅』の指定を受けてのスタートだそうだ。
茨城新聞の報道によれば『重点道の駅は地方創生の観点から設けられた制度で、各施設の企画推進へ向けて専門家によるアドバイスを受けられるほか、活用可能な各省庁の交付金の紹介などを優先的に受けられる。常陸太田は、国道349号沿いの約2万2千平方メートルに整備される予定。基幹産業の農林畜産業の振興と交流人口の拡大を目的に、地元農産物の直売所や加工所、レストランを設ける。さらに、地域情報の発信基地「情報物産館」、農業に親しむ体験ほ場「トマトハウス」を備え、災害時の防災拠点機能も併せ持つ予定。
同市は、情報物産館から観光情報のみならず田舎暮らしの提案も行い、体験ほ場は新規就農者の“入口”として位置付けたい考え。こうした取り組みをまとめた企画案を国交省に提出し今回、重点道の駅に選定された。』(下線は筆者)とのことだ。

国がバックアップするという手ごわい相手が、同じような環境の県北田舎国道沿いに、ほとんど同時に開業する。大丈夫か? 常陸大宮!!!!
客の奪い合い・・も心配されるところではあるが、切磋琢磨し相乗効果が得られるよう知恵を絞ってどちらも頑張ってほしい。

2015年8月26日水曜日

巣落ち、そして悲しき逃避

ひとつの巣箱から、ミツバチが忽然と消えた。一群まるごとの逃避、逃散である。
今年採蜜を行った巣箱のうちの一つだ。
この巣箱では『巣落ち』という、巣が落下してしまい壊れる事象があった。そのためだろう。
今年の異常ともいえる暑さが一因と思われる。

ニホンミツバチの巣はもともと柔らかくできている。
それが暑さでさらに柔らかくなり、重さに耐え切れず落ちてしまったのだろう。
落下防止の十字棒は巣に十分に食い込んでいたにもかかわらずだ。
蜜がたくさん詰まって重たくなっていたということもあるだろうし、採蜜時に余計な振動を与え多のかもしれない。
このように巣落ちする(=巣が壊れる)ことは、彼らにとっては環境の急変で一大危機。
賢い彼らはこれ以上の営巣活動が困難になったと判断し、女王蜂以下すべてのミツバチが巣を捨てて逃げ去る。
(貯め込んでいたハチミツは大半をちゃんと持ち出している。次の巣が作られるまでの当面の食料をしっかりと確保して出てゆくようだ。このような知恵には感心する。さすがである)

いずれにしても、ハチたちが出て行ったことは間違いない。
同様の被害を拡大させないために、今回の逃避の考えられる原因を良く突き詰め、分析し、残っている群の巣箱にも対策を打つ必要がある。(何よりも小心者の小生への精神的なダメージが大きいので・・・)

ことし捕獲した群れは全部で8群だが、うち逃避したのはこれで3群になった。
ちょっとでも気に入らないとこのように逃避という強硬手段に出るニホンミツバチ。
ハチの身になってあれこれ考え、良かれと思うことをしてやってもこのようなことになる。
物言わぬ彼らのご機嫌伺いはたいへんに難しい。
絶対的に正しいという確立した飼育方法があるわけではなくて、いろんな人がやってみた、経験的に『良さそう』な方法の積み上げを、取り入れまねているに過ぎない。まねではあるが、そこに独自の工夫をする余地があるので楽しくなる。

インターネットにより、他の人の飼育方法等の情報入手・共有が極めて容易にできるのは有り難い。なにより動画から得られる貴重な情報が多い。

小生は、このHPとQ&Aをバイブルとして参考にしている。
   週末養蜂家の二ホンミツバチのおいしいはちみつ

   ニホンミツバチのQ&A

いろいろなことが起こるニホンミツバチ飼育。喜怒哀楽の連続で刺激的な毎日。
これが楽しくもある。
来年に向けて、はやリベンジに燃えている。

2015年8月23日日曜日

幸せのポリネーション ~ クマバチ

多くの人に誤解されているようで、なんともかわいそうなハチ。
クマバチ。(Wikipedia⇒ クマバチ)

ニホンミツバチなどに比べて体が大きく、羽音も大きい。
体を覆う黒い体毛もイメージ的にはよろしくないのかもしれぬ。(胸の部分だけは黄色の体毛)
かように、どうにも見かけの印象で『怖いハチ』として扱われることが多いようだ。

誤解されている要因の一つに名前もある。
かれらの名前の『クマバチ』は、凶暴なハチいわゆるスズメバチが『クマンバチ』と呼ばれることもあってか、混同している人が多い。きっとハチ迷惑な話に違いない。

クマバチは名前によらず実に温厚だ。かれらに襲われたことは一度もない。
花を求めて飛び回ることしか頭にないようだ。
無心に蜜を吸っている彼らに近づいてもまったく関心は示さない。
逃げ出すだけで決して近寄ってはこない。
                      
・・・余談だが、彼らは古い家屋の柱や梁などの木材に穴をあけて巣にする習性をもつ。
古い建物は彼らの格好の営巣場所で、特に軒の梁は好きな場所らしい。薄い板状のものには関心がなく、しっかりした厚さのある材木部分を、それも煤にまみれたような古いものを好む。
我が家の大黒柱にも奇妙な溝・穴が穿けられているのは、このハチによるものに違いない。
(このような穴のある柱を新築時にわざわざ使うとは考えられないので、やはりいつの時代かにこのハチの被害にあったのではないかと思っている。200年以上前の柱であるから、不思議ではない)
この大黒柱の傷は、言い伝えでは幕末の天狗・諸生党の乱で逃げる天狗党の人たちがつけた刀傷だと。
だが史実としての彼らの行軍経路は、大宮→鷹巣→小祝→山方であり、東野は通過していない。
小祝の後藤家の柱に残る鋭利な刃による傷とは似ても似つかぬもので、どう見ても穴だ。
                     
彼らクマバチはどちらかというと大型の花に訪花する傾向がある。
夏の花、カボチャにもよく訪れている。

筒状の奥底にクマバチは潜り込み、蜜を、花粉を抱え込む。こうやってポリネーション(花粉交配)が進む。

クマバチには、きっと甘い蜜の香りに包まれた至福のひと時なのだろう。
カボチャにとっても大切な仲間である。
クマバチは蜜と花粉を貰い、生きるための糧とする。
カボチャは受粉し、やがて実がなる。
その暁には人間がおいしく頂戴することになる。
かくして、皆が幸せのチェーンでつながってゆく。
このチェーンの上には不幸な存在がない。
嗚呼、仲よきことは美しき哉。

2015年8月20日木曜日

ポロタン

栗のシーズンが近い。

我が家の栗林は、昔からある古い木(間違いなく50年は経過している。100年遡るであろう木もある)と、新しい(10~20年。あるいはここ1~2年に植えたもの)木が混在していて、あわせて8本ほどある。
十数本あった昔の栗の老木も、寿命で順番に枯れてきて、いまや残り2本になった。
なので枯れた分を補うために、切り倒した都度、新しい栗の品種を植えてきている。

その中には、最近の新品種の代表格である『ポロタン』も植えてあって、今年は(1mほどの樹勢に比したら多いであろう)10個のイガを付けた。
ポロタン
後ろの樹の切り株は、枯れたため切り倒した栗の木
今年はどうにか収穫できそうだ。
ポロタンのセールスポイントは、加熱により鬼皮と渋皮が一緒に容易にポロっと剥けるだ。
果たしてどんなものか・・・。楽しみ。

2015年8月17日月曜日

ミソハギ

ミソハギという植物がある。(Wikipedia⇒ミソハギ)
漢字で書くと『禊萩』。ミソは味噌ではなく、みそぎの略である。
また一説には溝に生えるので『溝萩』とも。
ちょうどお盆の今頃に咲くので『盆花』とか『精霊花』とも。

この植物が我が家の近くに生えている姿は見たことが無い。そして残念ながら花も見たことはない。
このミソハギの存在を知ったのは昨年のこと。例のごとくネットで知識を得た。
それからというもの、この植物を見てみたい→手に入れたい→我が家で育てたい→一大群落を作りたいと、思いはどんどん膨らんできた。

なぜここまで懸命になるのか。その理由は極めて単純で明快である。
夏場のこの時期に花がたくさん咲き、ミツバチの蜜源として貴重な花となりえるからだ。
(またミツバチか、と皆さんは思うのだろうな、きっと。)

先日、我が家からはだいぶ離れている某所道路わきにミソハギの群落を見つけたのである。
花の開花時期だからこそ見つけられた幸運である。
大きな群落であり、たくさんの紫の花が確認できた。
ちょっと見るとラベンダーが咲き揃っているようにも見える。

その群落は、耕作を止めて数年経った田んぼのような場所。
背の高い雑草も広く繁茂し、どう見ても草刈など人が手入れしている様子はない。
人家まではだいぶ距離もある。しかも車の通行もごくたまにしかない。
・・・とここまで条件が揃ってしまったので、車を降りて数十株を頂くことにした。
ちょっとだけだが、この場所の除草に協力するのである、と自分に言い聞かせて。

持ち帰った株は、さっそく我が家の休耕田に植え付けた。湿った土地を好む植物である。
ミソハギ
いざ休耕田に植えてみると、疎らでなんとも寂しい
持ち帰った株は数十株でしかなく、いざ植えつけてみるとこれだけではちょっと、いやかなり寂しい。控えめな我が性格をつくづく後悔した。
場所はわかっているので、リトライのチャンスはまだある。近いうちに『除草』に行きたい。

2015年8月15日土曜日

公開ハチミツ採集会 第2回

先週に続き、公開ハチミツ採集会を開催した。
今回は千葉からのN様ご夫妻をお迎えした。
いつも通り、巣箱を開ける場面をご覧いただき、蜜を直接味見していただいた。

今日開封した巣箱は、今年の4月に入居した巣箱で新しい巣だ。
勢いのある群れで、既に3段目の下まで巣が伸びてきている。
あらかじめ、最上段は巣に蓋がされて蜜が詰まった状態にあるのを観察窓から確認してある。
左後方に見える巣箱の最上段を取り外した。
垂れ落ちる巣箱からの蜜を試食するN様ご夫婦
ハチミツ採集の現場など、無論ご夫婦とも初めての体験。
まだ数匹のミツバチが飛び回っている巣箱に、恐る恐る近づき、滴り落ちる蜜をスプーンでひと掬いしていただいた。既参加の方と同じく、味と香りがとても濃い、と驚かれていた。
こちらのブルーベリー摘みも今回のN様ご夫婦の来園の目的。
暑さがぶり返したので、木陰にテーブルとパラソルを用意した。
今日の公開採集会は、N様ご夫婦に加えて、お盆で丁度我が家に線香を上げに来ていた親類が加わっての大人数での賑やかな会となった。
さらに午後には、採蜜作業を見たいというM様ご夫婦がお越しになった。
こちらのお二人も独特の香りと味に感激されていた。
同じく千葉からお見えになったM様ご夫婦
巣箱開封実演は、毎回楽しいイベントとなっている。
参加される皆さんの驚きの表情や感動の一言だったりが、主催者として励みとなっている。
なんとも嬉しい。

2015年8月14日金曜日

2015 常陸秋そば 播種

当たり前のことだが、収穫される作物はその作物の生育期間分だけ前に種を蒔く。
秋と名の付く『常陸秋そば』の場合、当地では種を蒔く時期がちょうど今頃の秋にはまだ遠い、暑い盛りで、『お盆』がその目安となっている。
ここ数日の降雨で土も適度に湿り気を帯びたため、蕎麦の種を蒔いた。




やがて来る新蕎麦の食の楽しみも当然にあるのだが、今年はミツバチのために花を咲かせるという意味合いの方が大きい。巣箱に入っている群れが多くなると、餌場の確保も大切な作業だ。
暑い中での作業も快適に進み、午前中に約3畝ほどの畑を撒き終えた。
畑の周囲は水田。稲穂が首を垂れはじめ、ほんのりと黄色がかってきた。

あと半月で稲刈りが始まる。

2015年8月12日水曜日

2015年 味噌作り(3) 中間チェック

今年の1月に仕込んだ手作り味噌(→2015/1/17ブログ)の樽を開けて、状態を確認してみた。
やはり表面の一部に白や黒のカビが発生してはいるものの、だいぶ味噌らしい色と香りになってきている。

味噌のカビは毒にはならぬというが、カビをそのまま混ぜ込む勇気もなく、黒っぽく変色した部分だけは丁寧に掬い取って捨てた。

ついでに、天地返しの意味で上下左右の味噌が全体的に混ぜ合わさるように袋を良く揉んで撹拌した。

今回の味噌作りでは、敢えて大豆粒をある程度残した。
味噌汁に入れた際はこの粒々が底に残る。これを箸で一粒ずつつまんで食べる。この何気ない所作がいいのである。味もさることながら、これも手作り味噌の醍醐味かしらん。
味噌化した大豆粒
これが旨い
大豆粒と味噌を口にしてみたが、まだ味としては荒っぽく、いましばらく成熟を待った方が良さそうだ。
とはいえこれらの大豆粒はすっかり味噌らしくなっていて、口中でふんわりと潰れ、馥郁とした味噌の香りが広がる。
市販の味噌では決して味わえぬ粒々の食感。上出来だぁ・・と自己満足する。
正式な開封は年末ころにしよう。

2015年8月10日月曜日

烈公御涼所

水戸市八幡町にある水戸八幡宮は佐竹氏所縁の神社である。
太田城を本拠地としていた佐竹氏だが、常陸国を掌中に収めた佐竹家19代当主・義宣は領国経営のため居城を水戸城に移した(1591年)。その際に常陸太田・馬場八幡宮から水戸城内(場所は北見小路と言われるが、恐らく弘道館の北側付近だろう)に分祀したのが水戸八幡宮の始まりである。
その後この神社は時の為政者により鎮座場所が転々とするのだが、いまの所在地に落ち着いてからは300年程経つ。
時は下って水戸藩9代藩主・徳川斉昭(烈公)の世。斉昭は当時の幕末カリスマ殿様、スーパー殿様である。
斉昭は弘道館、偕楽園などを作っていて、文化的な遺産を数多く残している。
あまり知られていないものだが水戸八幡宮の北側にある『烈公御涼所(れっこうおすずみどころ)』(→場所はここ)も彼にまつわる遺蹟のひとつである。
八幡宮北側の杉林を抜けたところにひっそりとある。水戸台地の北崖である。
ここの眺めは素晴らしい。
さすがのカリスマも暑い夏は暑かったに違いなく、暑さ盛りの時期にしばしこの木陰に涼を楽しんだのだろう。

酷暑の某日の昼下がり、この『烈公御涼所』を久しぶりに訪ねた。

ここに大ケヤキがある。樹齢400年とか。この木陰はたしかに涼しい
御涼所からの眺め(北東方向)
日立製作所の新しいエレベータ研究塔(G1TOWER)の姿と、万代橋の斜張橋の姿が目立つ
酷暑極まる今年の夏でも、ここの大ケヤキの樹下は涼しい風が吹き抜ける。

40年ほど前になるが、かつて上水戸に存在した某予備校に一年間籍を置いていたことがある。
この御涼所はその頃に何度となく訪れた場所だ。陽のイメージのある偕楽園に対して、何となく陰のイメージがあった八幡宮だが、閑に佇む社殿とここの眺めが妙にお気に入りだった。
将来に対する漠とした不安に押しつぶされそうな中、一途に目標に向かっていたあの一年。自分と静かに向き合うには最適な場所だった。
・・・と書くとちょっと格好良いが、つまりは『苦しいときの神頼み』に来ていた、とも言える。
今となっては懐かしい記憶であるが、ほろ苦い思い出の場所でもある。

眼下に流れる那珂川と田園地帯、遥かな山々の姿は、佐竹氏が意気盛んで八幡社を勧請した頃=ケヤキがまだ小さな木だった400年前の頃と、斉昭が活躍した160年前の頃と、眺めはたぶんほとんど変っていない。(並べて記すのも甚だ不遜だが)小生の予備校生当時の頃の眺めとも・・。
あの頃と違うのは、日立製作所のエレベータ研究塔が以前は紅白縞の塔(90m)だけだったが、横に新しい研究塔=G1TOWER(213.5mで世界一の研究塔だ)が建ったこと、そして万代橋の姿が新しくなったことくらいだ。

2015年8月8日土曜日

公開ハチミツ採集会 第1回

今日は、都内にお住いのK様ご家族をお迎えした。
ブルーベリー摘み&ハチミツ採集会への参加である。

午前中はブルーベリー摘み。皆様初めての体験とか。
小学校三年生のお嬢様は大変な喜びようで、お迎えした当方も大変に嬉しい。
いざ摘み始めると、ご両親も次第に真剣な眼差しに。それぞれが籠を一杯(約1キログラム)にされた。

ブルーベリーの実は丁度よい摘み頃を迎えている。時に頬張りつつ、楽しいひと時を満喫されたようだ。

午後からは、巣箱を開いてハチミツの取り出しをご覧いただいた。
こちらも初めての体験。
間近で初めて見るミツバチたちであり、巣箱であり、巣箱内部である。
恒例となっている、巣箱から直接とって蜜を食する体験もしていただいた。


スーパーマーケットで市販されている『はちみつ』(中国産)との味比べもしてもらったが、結果は言わずもがなである。
独特の香りがする、味が濃い、(中国産のはちみつとは)まったく別物だぁ!!・・・とのオイシイコメントを戴けた。

今回の蜜糖度は81.2度。十分な数値に満足している。すべて予定通りだ。
今夜一晩かけて自然に垂らして垂れ蜜を採り、明日は濾過→瓶詰をする予定。

今年はこの作業をあと数回行う予定でいるが、楽しい予定は不思議と苦にならない。
このハチミツを口にする皆様の笑顔が待っているから。

2015年8月7日金曜日

碧眼の天敵

連日の猛暑だ。挨拶は『暑いねぇ~』から始まるのが当たり前になった。
それに加えここしばらく雨がさっぱり降らない。ゴロゴロ聞こえても雷雲は近寄ってこない。
下界に住む人間の切なる思い・願いは、雷様には伝わらぬらしい。
湿った土を好む植物『サトイモ』は、この天気ではイモ部分が太れない。
あのしっとり感・ねっとり感はこの時期の十分な水分が不可欠なのに。
         
ミツバチの巣箱付近で、オニヤンマの亡骸を拾った。
(体も大きく、尻尾の先に産卵弁らしき突起物があるので、これはきっと雌)

ミツバチの憎き天敵のひとつだ。

それにしても、だ。
なんとまあキレイナ黄黒の縞模様と、澄んだ碧眼(・・というより緑眼)なのだろう。

この澄んだ大きな緑色の複眼には、いったい何が見えていたのだろうか。