稲作を中心とする農耕文化が根付いているわが国では、この温暖湿潤気候の恵みである梅雨を最大限に利用してきた。
鬱陶しい雨ではあるが、植物の生育には欠かせない慈雨でもある。
今年は九州南部では特にひどい大雨のようであるが、時にこのように生活を脅かす一面を現すこともあるが、農業のために、あるいは上水道の水源としては、無くてはならない存在である。
農業とは関係ないが、久慈川周辺に降る梅雨時の雨を心待ちにしている人たちがいる。
かつては山間に金の採掘跡の大きな掘り込みが見られた。
旧大宮町内にも金採掘跡がいくつかみられる。
この地域から産出された金は、遣唐使の渡航費用に充てられていたと「続日本後紀」に記されている。
陸奥白河郡従五位勲十等八溝黄金神は、砂金常に倍する産出をなし、遣唐の資を助けたる
( 『続日本後紀』巻五承和三年正月乙丑 ) ※承和3年=836年
16世紀には、当地を支配した佐竹氏が栃原金山(久慈郡大子町)を開いている。
佐竹氏は豊臣秀吉に多量の金を献上しており、上杉氏(佐渡金山を領有)、伊達氏(陸奥の金山を多数領有)についで3番目の多さだ。
これらの金は当地方から採掘されたものだ。今年のNHK大河ドラマ『江』では、絢爛豪華な大阪城や聚楽第がしばしば出てくるが、きっとそこには茨城産の金が大量に使われていたはずだ。
17世紀の徳川時代になっても、水戸藩は金山経営を熱心に続けた。その中心となった歴史ある栃原金山だが、1996年には閉山している。本州で最後まで頑張ったが、金価格暴落には勝てなかった。
余談になるが、金含有量は栃原金山が平均30g/tで、現在日本最大の金鉱山である九州の菱刈鉱山は平均50g/tだそうだ。栃原はかなりの高品位な鉱山であったようだ。
水量が豊富になるこの梅雨時は、砂金探しにはきっと最適の季節なのだろう。小さなGold粒の魅力に取り付かれた人たちが、こぞって砂金掘りに興じているらしい。
ある砂金掘りを趣味とする人のブログ
この人たちは、活動の場の具体的地名・場所は明かさないというルールを頑なに守っている。
従って、たくさんのHPで砂金掘りが紹介されてはいるが『久慈川支流』や『八溝山系を流れる川』程度の表記になっているのがほとんどだが、推察は出来る。
現代では、砂金掘りマニアが(・・ささやかではあるが)ひそかに砂利を掬っては胸躍らせている。
※ マナー違反や環境破壊につながるような目に余る行為を見かけたら、
彼らをどうぞ注意してやって欲しい。
常陸大宮市山方・岩井橋より南(下流)を望む |
同・北(上流)を望む 写真左岸の山間にも採掘跡がある この辺りから北の支流が砂金探しのメッカらしい |
久慈川に沿って走る国道118号線から見える八溝山系の急峻な山々 |
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