2023年11月27日月曜日

旧水戸藩上屋敷跡のもみじ

所用があって都内に出たついでに「旧水戸藩上屋敷跡」を訪ねてきた。いま「小石川後楽園」と「東京ドームシティ」となっている場所だ。庭園の周りは近代的な高いビルが立ち並び、遊園地、ドーム球場に囲まれた超都心部だが、園内は別世界の自然いっぱいの緑の空間となっている。


ちょうど見ごろとなっているもみじが来園者の目的であるようだが、そんな彼らともみじをヨソにある場所へ向かった。園の北東の角にある「藤田東湖の記念碑」だ。来園者の方々の多くはたぶん気にも留めない場所。実にひっそりと碑と解説板が立つ。

藤田東湖は激動の幕末期水戸藩で、藩主斉昭の側近として藩政の中枢を担った人物。一時期、我が家にもほど近い市内八田地区に置かれていた「八田陣屋」の奉行として着任していた人でもある。なので当地とも少なからず繋がりがあるお方だ。その藤田東湖が安政大地震で圧死した場所がこの地(碑の説明書きによれば、現在は三省堂敷地となっている場所らしい)ということだ。(ドンピシャのその場所ではなくとも)一度訪ねて見たかった場所だけに、感無量だった。

陣屋はその置かれた近隣地区の村々を管轄管理する奉行所。水戸藩の出先の役所だ。村々で起こるさまざまな案件が庄屋や山横目を通して上がって来るのでそれらを処理する所でもある。

ちょうど東湖の在任時期に、我が家の数代前の先祖が八田村と東野村の庄屋を兼ねていたということがあって、先祖は八田陣屋にも出入りしていたようだ。そんなこともあってか、東湖の筆になる書き付けが我が家に伝わっている(現在は常陸大宮市文書館蔵)。

園内を一周して、キレイないろはもみじを眺めた。このような完璧に手入れされた大名屋敷庭園のもみじも無論良いのだが、我が家の山に自生しているもみじ、自らが植樹したもみじのほうが思い入れがある分、好きだ。

都にて 眺めしよりも勝りけり この山里のイロハモミジは

(水戸光圀が領内巡回の折に、定宿である大子町・町付の飯村家へ宿泊し、観月の宴を催した。その際に、昇ってきた月を題にして詠んだ短歌「都にて眺めしよりも勝りけり この山里の月の光は」はあまりに有名・・でも無いか)

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