2024年10月15日火曜日

なんちゃら彗星は見えたか・・・

ここ数日間は夕暮れ時に西の空になんちゃら彗星とかいう彗星が肉眼でも観察できる、という報道があった。

西の空は晴れていて金星が確認できる
(電線が張られていない真ん中の電柱のほぼ上側)

テレビではほうき星というだけあって立派なしっぽをなびかせている画像が出ていた。あくまでこれは立派な撮影器具(望遠レンズだったり、しっかりした三脚などの固定器具であったり、高感度機能のカメラだったり、に加えてプロの撮影技術)を駆使したうえでの撮影に違いない。でもあんなのが普通に肉眼で見えたらすごい、見てみたいと思う。だが最近は老眼が進んできたので「肉眼」はとても無理だろう。

昨日は雲が多くてダメだったが、本日(10/15)は雲は多少あるものの西の空は宵の明星がはっきりと確認できるくらい晴れ渡っている。もしかしたら見られるチャンスなのかもしれない。

暗くなりかけたころから、山頂から西方面の展望が良い近くの山にはご近所にお住まいの写真がご趣味の方々数人がカメラ片手に登り始めた。(整備された道があり歩いてすぐに登れる手軽な山で、展望が良い場所はこの辺りではここだけ。見下ろす範囲に人工的な光はほとんど無いのも幸いだろう)

この90のLEDライトが光る山の頂から
西の空を狙っている写真愛好家が数名いる
(右手の鉄塔側に一つだけあかりがあるのはその一人の手元ライトだろう)

よい彗星写真が撮影出来たら良いと思う。

※ なんちゃら彗星=「紫金山・アトラス彗星」だそうだ。

2024年10月11日金曜日

細葉柊南天は蜜

今年もまたスズメバチがこの花の開花を待っていたようだ。

細葉柊南天の花だ。特に目立つ華やかさはない黄色いつぶつぶの花だ。香りが強烈ということもない。これは人間の目や鼻で認識出来ないだけで、スズメバチ、ミツバチにすると他の花を凌駕する魅力的な花のようだ。


感覚的にはミツバチよりもむしろスズメバチを惹きつけているように思えてならない。試しにネズミ取りシートを置いてみたら短時間でこの状態だ。


この連中による今シーズンのミツバチの被害は5箱にのぼる。あと少しで採蜜を、と考えていた巣箱はこのうち3箱。年に10回も無い採蜜の機会だから被害は甚大だ。

あと一月はコイツらとにらめっこだ。

2024年10月5日土曜日

キバナコスモス

秋を代表する花、コスモスが真っ盛りだ。白やピンクが多いが紅色のものもあり、これらが入り混じり群生している景観はなかなか良い。
似た花で「キバナコスモス」がある。こちらもいま花が盛んに咲いているが、針のようなトゲトゲの種子が取れ始まる時期でもある。



近隣某所にこのキバナコスモスがまとまって咲いている場所があり、そのお宅のご厚意で種子を大量にいただくことができた。
土地を選ばず丈夫に育つ花だ。
橙色や黄色の彩りが鮮やかで、コスモスに負けず劣らず良い景観植物になっている。
多くの花を長期間付けるので、小昆虫が好んで多数訪れる。
秋の時期のミツバチにとって好都合の花に違いない。

さっそく(邪魔にならない場所に)撒いてみた。
頭の中ではもう既に来年の一面に広がって開花した姿と、その花にミツバチやチョウが飛び交う姿が見えている。こうやって蜜源・花粉源の花が途切れる期間ができるだけ発生しないようにと願い増やし続けている。この作業は先が長いがいずれの日にか大きな結果を生む。楽しみが止まらない。

2024年9月29日日曜日

ひこばえ

稲刈りが終わった田んぼは緑のじゅうたんを敷き詰めたかのように緑一色だ。

稲株(茎)から生え出た新しい稲が20~30cmほど伸びてきている。「ひこばえ」とか「二番穂」とか呼ばれる芽だ。ほとんどの株からは新たな花が咲き可愛らしい実が付いている。この稲はこれから涼しくなり気温が20℃を下回るような当地においては不稔となり中身は空っぽとなる。そして枯れてしまう。


カラッとした晴天が何日も続かないので脱穀作業が大幅に遅れているが、少しずつ作業は進められている。つい先日までの猛暑が収まってい来たので作業は楽だ。

頬を撫でる風がすっかり秋の涼風で、ふと気づけば微かにキンモクセイの匂い。

秋だなあ。。。あと三か月で今年も終る。

2024年9月15日日曜日

スズメバチ猛襲 被害続出

稲刈りの作業に追われるあまり、ミツバチの巣箱の見回りが後手に回ったツケがきた。

気にはなっていたがスズメバチの飛来が増えていたのに金網を張るのが遅れたことで、今月末に蜜を採る予定にしていた巣箱が全滅の被害にあった。それも3箱も。。

今日見回った巣箱の入口はこんな状態。

しかるべき身支度と道具を持っていないと迂闊に近づけないありさまだ。きっと巣箱内部はやつらに食い荒らされ、群れは逃去してしまっている。

毎年繰り広げられるこの残念な事態に、何も手をこまねいているわけではない。
それらの対策もけっして完ぺきではないので、残念な巣箱がいくつか出てくる。
起こってしまったことは仕方ない。
冷静に受け止め次の被害を最小限に抑えることに専念しよう。
それにしても憎っくきスズメバチだ。

2024年9月8日日曜日

今年は倒れた稲が多い

昨日こそ 早苗とりしか いつの間に 稲葉そよぎて 秋風の吹く
                (古今和歌集 読み人知らず)
=>>昨日、早苗を取って植えたばかりであるのに、いつの間に稲葉がそよいで秋風が吹くのであろうか。

新米が出回り始める時期となった。だが巷間では「米不足」とのニュースが囂しい。
品薄とか無くなりそうだと耳にすると、いきなり不安が極度に急激に高まる日本人の習性。

農家だから米は手元にたんまりあるのだろうと考える向きもあろうが、決してそんな事はない。自家消費分と個人的な販売ルート分を除いては出荷してしまうため収穫期を除いて余分な米は手元にないのが普通である。よく考えれば理解できるはずだ。
生産の現場と消費者の距離が遠くなって久しい。食べ物を口にできるまでにどれだけたくさんの人(生産・流通・販売の業者)が携わり、苦労があるのかが想像できなくなっている人が多いようだ。
米に限らず農産物は工業製品では無いので、需給を見てタイムリーな生産=増産をすることはできない。
特に米(水稲)は作付け準備から収穫まで長期間にわたり、その間の自然環境の影響を著しく受けるということがある。それらの対策をするにしても限度がある。今年でいえば、台風の強風、多雨、異常高温がある。それらをなんとか乗り切っての稲刈りだ。
今年は特に稲が倒れた田んぼが多いように感じる。

倒れた稲の刈り取りは時間との勝負でもある。稲穂が湿った土や水に触れていると発芽してしまうからだ。そしてベタッと完全に倒伏してしまった稲は機械ではなかなか刈取り出来ないから厄介だ。
大型の高性能機械(コンバイン。収穫:稲刈機能と脱穀機能と選別:籾だけの取出し機能が備わった)だとパワーがあるので無理やり処理ができるのだろうが、小型のバインダー(刈取ってヒモで束ねるだけの機能)では極めて難しい。
なので人力でひと株ずつ刈り取って縛ることになる。泥濘で悪戦苦闘する。
これぐらいは大丈夫かと考え、ちょっと無理してバインダーを入れると稲穂も、田んぼも、機械そのものもが「よぐよぐ」(=悪い状態)になる。合わせて生産者のメンタルもだ。
我が家でも(部分的ではあるが)倒れた稲と泥濘に苦労しながら稲刈りを続けている。

いま至るところで見られる稲刈り作業。見事にキレイに全面倒伏している田んぼも目立つ。
田んぼで稲刈り作業を見かけたら、作業の苦労を少しだけ思い出してくれたら幸いである。
すぐに食べられる状態のキレイな白米は、そんな姿では田んぼに置かれていないのだから。

2024年9月2日月曜日

二百十日の稲刈り

台風接近に気を揉みながら、今年の稲刈り作業が31日から始まった。まさかの二百十日だ。
実りが早まっていたことに加えて、既に一部の田んぼで稲の倒伏があり、これ以上待てない事情があった。
台風が遠く離れた場所にあったときからその影響らしい雨が降り、田んぼのコンディションは良いとは言えないが決行である。
そもそも蒸し暑い上に泥濘に脚を取られて消費する体力は倍以上だ。稲刈の機械にも余計な負荷がかかる。作業中に天気が急変し稲妻が走って雷雨に見舞われる事も。天日干し方式で乾燥させているので稲架作りも重労働だ。

濡れた稲束を抱き抱えて運び、稲架に吊るす。当然身体は泥だらけになる。しかも水滴は身体を下り降りてゴム長靴の中に入り込む。いやはや、なんとまぁ大変なことか。
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既に自家・自力での稲作を諦めて農協にすべての作業を委託している農家も多い。
農協は大型機を駆使しての一気呵成の作業だ。委託料は馬鹿にならないと聞く。農家にはいかほど手元に残るものなのかしらん。
大型機械を駆動して収穫し、そのあとは専用の乾燥機で大量の電力を使って短時間乾燥させる。必要以上に環境負荷がかかっているのが実状ではないかと思う。
農家としては耕地を荒らさないだけ良い、との気持ちなのだろう。
委託を受けた利益追求の業者JAとしては当然の省力化・効率化の為の手段だ。

だが、このやり方ってサスティナブルではないという思いが強い。
百歩譲って持続可能はともかく、自然に合わせて育て収穫したお米は見た目は同じ「米」だが粒に詰まったストーリーは全く違うという矜持はある。

など想いを巡らしながら休憩していると、万歳をしながら「頑張って!」と声援を送ってくれているザリガニを見つけた。(声援よりも威嚇だろうな、たぶん)

稲作には迷惑な奴らだが可愛い。
自然の中にいることを実感する。
泥だらけで疲れても妙に爽やかで充実した時間だ。