2013年5月12日日曜日

サクランボ哀れ

『八十八夜の別れ霜』と言う言葉がある。
このころの霜が最後で以降はおりる心配はなくなる、という意味合いだが、植えつけたばかりの夏野菜の苗や出たばかりの新芽が霜にあたってダメになるのでいろいろと対策を講じる必要があり、とても厄介だ。

各地で季節外れの雪やら遅霜で、梨や桃の花がダメになってしまった農家も多いと聞く。
   YouTube ⇒  『季節外れの雪 果樹農家は霜の被害が深刻(福島)』

農家としては死活問題だ。
農の現場はなかなか気が抜けない。
 
         

5月2日がその八十八夜であったが、この常陸大宮あたりでも4月末の連休前後で冷え込んだ朝が何回かあった。

(サクランボ専業農家と同じに語るのも憚られるが)我が家の『サクランボ』も寒さにやられてしまった。
今年もたくさんの小さな緑の実を付けた。毎日見上げながら赤く大きく膨らむのを心待ちにしていたのにご覧の通りの状況である。
ほんのり赤みをおびたまま、萎んでしまったサクランボ
我が家などは所詮『お遊びサクランボ栽培』なので深刻さはない、とはいうもののやはりガッカリだ。
今年は鳥被害にあう前に、ネットを張る予定にしていた。
初夏の味覚をわれわれが楽しもうと思っていた矢先にこの始末・・である。

やはり食され賞賛されてこそ、その価値があるサクランボだろう。
(人にも鳥にも)食されることもないまま、寒さに散った今年のサクランボがなんとも不憫である。不本意だろうなぁ・・。

2013年5月10日金曜日

里山から化石 古代からのメッセージ

先だって常陸大宮市の歴史民族資料館が開催した企画展『常陸大宮の地下資源』(2013/1/15〜3/15)では、当地の地下に眠るさまざまな鉱物地下資源にスポットをあてて現物を展示した。なかなか良い企画展だった。
普段目にしている石ころも、研究者にしてみればレキットした歴史の証言者であって、それらの調査研究から実に多くの事象が推察されるようだが、残念ながら浅学の身としては、石ころは石ころにしか見えないのが実に悲しい。

だが、素人にもはっきりと分かるそれらしい姿形のものであれば話は別だ。
我が家の屋敷続きにある山は、主に砂を多く含んだ堆積層(岩と呼ぶには柔らかでモロすぎる)だが、幾重にも重なった地層のなかには化石を含む層がある。
ブログトップに載せている里山の写真の場所である。
この山の奥の部分に、紫黒米を栽培する田んぼがあるし、ヤマドジョウが棲む谷間の沢、水芭蕉を植えた場所もある。

今日見つけた岩の一部には、はっきりと木の葉と分かるものがあった。
木の葉の化石。葉脈が確認できる
同じ層には有機物ではないかと思われるものが多数含まれる部分もある。
丁寧に剥がせはもっとはっきりした形の化石が見つかるのかもしれない
同じ層の砂岩の中からは、真っ黒な粒もたくさん出てくる。
炭化した植物の種子のようにも思える。
少し離れた山の露頭には、貝の化石が多数見つけられる場所もある。
地元民は『貝殻山』と呼んでいる。

いずれもかつてこの辺りが温かな浅海だったり、その近くで植物が生い茂った温暖な地であった頃のものだろう。
その後、茨城北部の男体山の火山活動によって海底が隆起。さらに造山活動により地層が彎曲、浸蝕、現在の姿になった、という数十億年のドラマ。(←受け売りの知識だが、これを企画展で再確認できた)

我が家の山の地層面を見ていると、粗くてもろい砂粒の層だったり、極めて粒子が小さな泥の層だったり、固い大きな岩石(ハンマーも歯が立たないほど固い)が含まれる柔らかな砂の層だったり、と実に多様な地層が重なっているのが見て取れる。
この地層の厚さになるまでには何億年かかったのか知らないが、それをいまこうやって掘り露出させ、その長い時間の流れを一覧にして目にしている。
この木の葉っぱの化石にしても、よもや何億年か後にこうやって日の目を見る、写真に撮られるとは思わなかったに違いない。
そう考えると不思議な巡り合わせだ。

魅力尽きない足下の地下資源。玉川の瑪瑙・火打石は既に有名だが、それだけではない。
この肥沃で豊穣な大地そのものがまさに宝だ。
過疎化は残念だが、なんとまあ魅力的な地域であることか(・・と最近つくづく思う)。

2013年5月6日月曜日

奥州田村郡三春

田植えが終わったことで精神的にも一段落した。
体と心の休養を兼ねて温泉へ出かけた。

場所はやや遠いのだが、福島県三春にある『やわらぎの湯』。
詳しくはリンク先のHPを見ていただくとして、つまりはここはラジウム温泉であり、いろいろな効用が期待できる湯だ。
ラジウムが豊富な温泉もさることながら、玉砂利の上にゴザを敷いて寝転んでラジウムを直接浴びるという岩盤浴もここの名物だ。
HPに記されている社長の成田山参詣に始まる温泉誕生のいきさつといい、数多くの病気治癒の感謝の声といい、摩訶不思議で神秘性プンプン漂う『奥州の霊泉』である。

毎年この時期に訪れている。
とくに持病はなく治癒効果期待ではないものの、どうせ湯に浸かるのならいわゆる観光地化した温泉地の名湯よりも、鄙びた場所で何かしらの特殊性があった温泉のほうが良いかなと。

連休最終日であったが、長期滞在の湯治客も多く、なかなかの混雑で盛況だった。
ラジウムを(たぶんたっぷりと)浴びて汗をかき、デトックス効果はあった(はずだ)。

         

温泉のある周辺の三春の山間は、ヤマザクラ・桃・ヤマブキ・菜の花・・が咲いており、春ののどかな風景が広がっていた。
近くにある『滝桜』に立ち寄ってみた。

シーズンは終わり観光客は誰もいない。
既に青葉に覆われているが、やはりどこか威厳があり、存在感がある桜である。

数年前に、満開の時期にこの桜の前に立ち仰ぎ見たことがある。
あまた名所と言われる桜を見てきたが、単独の樹でありながら、これだけの圧倒的存在感を示し、かつ神秘的な桜はこれをおいて他にない。鳥肌がたった。
まさに神宿る老桜で、銘木だと思う。

やはり桜はいいなと思う。1本でも、多数が咲き競うのも。
人々に、それぞれ、いろいろな思いを抱かせてくれる。
我が山に植樹中の桜も、人にそんな感動を与える日がいつかきっと来るだろう。

         

三春から戻った夕方、雷雨。
すぐに晴れ間ものぞき、東の空には虹が出現。いいもんですね。こんな風景も。

2013年5月5日日曜日

2013 田植え終了

田植えを始めたことを記す間もなく慌ただしく始まった今年の田植え作業が、無事終った。総面積7反ほど。5カ所に分散している田んぼ。

気温・天候・水量ともになかなか良いコンディションであった。
快いエンジン音で田植機が進む
田の水も適度な水量。タッブリの日差しで温い

田植えそのものは終わっても、田植機の洗浄・整備、苗を育てたビニールハウス内の片付け、苗箱洗浄と片付け・・等、けっこうな作業があるのだが、それも無事終えてやっと一息、という次第。
苗箱を洗って片付ける
         

田植機のトラブルがなく終わり、とにかく良かった。
田植機はシンプルな機械だが、実に工夫がこらされている。
一定の苗を苗箱から摘み、泥の中に適度な深さに押し込み、放す。
その繰り返しなのだが、なんとも痒いところに手が届いている。
浅く植えるか深く植えるかの調節レバーあり、
つまんでくる苗の量を少なくするか多くするかのレバーあり。
シンプルだが、なかなかの優れマシンである。
田植えが終わった夕暮れの田んぼでは、カエルの大合唱が始まった。

市内では、この連休中に多くの田んぼで田植えがかなり進んだようだ。
ちょっと(といっても直線距離で7キロほど)離れている場所だが、かの『金スマ・ひとり農業』、渡辺ヘルムート氏の田んぼでも、レギュラーが来て、揃っての田植えがそろそろ始まる頃ではないのかな??

2013年5月2日木曜日

感謝状

先月、玉川村駅構内の空き地で枯れ草が燃えるボヤがあって、第一発見者としての通報および消火活動の協力をした。

その後、無人駅・玉川村駅を管轄する常陸大宮駅長より、社として感謝状をお渡ししたいのだがと、連絡を頂いた。何度も固辞したのだが、最後は折れて応諾した。

このような場合の組織対応として決められたものであろうし、組織上部からの指示もあったことだろう。なによりも常陸大宮駅長としての組織内でのお立場もきっとある。
旧国鉄時代から、かれこれ約90年にわたるJR東との隣人としての長いおつきあいだ。
たったこれだけのことだが、それで組織もお立場も体面が保たれるのであれば、と。

         

恐縮であったが、昨日わざわざ拙宅まで水郡線営業所長がお見えになり、感謝状と共に過分なお言葉を頂いた

通報・消火活動協力・・・社会人として当たり前のことをしたまでだ。
一方で、隣人としての両者が一連のこのようなやり取りを通して、良好な関係を維持してゆくことも大切なことでもあろう。

         

あれから半月。
時移ろい、黄色い菜の花の時期は過ぎ、玉川村駅ホームに植えてあるの霧島ツツジの真っ赤な色が万緑に映えて美しい。

菜の花はたくさんの実を残し、その盛りを終えつつある

2013年4月30日火曜日

イノシシ被害

新緑が眩しい里山周辺は、人間の生活活動の場であると同時にまた野生の動物達の生活の領域だ。

最近は、日本の国鳥キジが出没する機会が増えている。
しばしば庭先の畑をオスメスのツガイで闊歩する姿を目にする。
さらに、ケーンケーンと甲高い声で鳴くものだから、居るなとすぐ分かってしまう。
狩猟する人も機会も激減しているのだから、昔に較べると棲息数が格段に増えているのだろう。

田んぼにはイノシシが出没する。
畔や田んぼの土中のミミズでも食べるのであろうか、至る所の土をほじくり返す。
田んぼの右側部分の黒い部分は、全てイノシシがほじくった部分だ。
田んぼ真ん中の草が生えて緑の部分は被害に遭っていない部分。
両者の違いは明瞭だ。
上の写真の田んぼは他家の休耕田だが、見事なまでにイノシシが田んぼを耕してくれている。本来は水田中央部のような緑の草に全面が覆われているむはずなのだが、畔に近い部分を重点的にほじくり返している。黒く見える部分がイノシシが荒らした部分。
イノシシにとって、よほど魅力的な田んぼらしい。

そしてつぎの写真が我が家の田んぼの畔である。
代掻きした田んぼの畦道が見事なまでに破壊されている。
代掻き前に畔の草を刈ってきれいにした畦道だ。
ヤツラは決まって夜間に犯行に及ぶ。
朝一番にこの光景を目の当たりにした時、我々が脱力する気持ちは理解戴けるだろう。
ウクレレ漫談ではないが、『あ〜あ やんなっちゃった、あ〜あ 驚いた』だ。
もう原型を留めない程に畔はボコボコ。
こうなると、折角貯めた田んぼの水が漏れ出てしまう。
至急に畔を補修するまた余計な作業が必要となる。

これがヤツラの仕業である動かぬ証拠である。

偶蹄目のヒヅメの足跡だ。

共にこの地で生きる生き物同士であり、割と寛容な気持ちでいるのだが、正直この瞬間だけは『あ〜あ、またやりやがったな、この野郎!!』と思う。
だが、いちいち怒っていたのではきりがない。
またスコップで土を盛り上げ、畔を整形し直す。

このような獣被害を防ぐため電気柵を巡らす農家もあるが、我が家等はコストを考えると到底そんなことは出来ない。

中山間地の農業の現場で、このようなドラマが繰り広げられていることを、おそらくは都市部住民の方々はご存知あるまい。
そして同じ農家であっても、(イノシシ等出没することがない)平坦地での大規模水稲農家の方々も考えたことはないだろう。
(・・・愚痴るつもりはないし、同情して欲しいということでもない)
慣れっこになっているが、実は切実で深刻な問題だ。
農業を続けることは、かようなことも含めて実は簡単ではない。
悩みながらもこのように続けていけていられるのは、限りない『農』への愛着があるからこそである。

2013年4月27日土曜日

2013  代掻き始まる

世はまさにGW突入で、高速道路の下り車線が大渋滞やら海外脱出組で成田空港が混雑したやら新幹線の乗車率が140%やらの非常に分かり易い、いや象徴的な、と言うべき映像がテレビニュースで流されている。
今年は天気にも恵まれ観光地を訪れるには最高の日和であろう。何よりである。ぜひ楽しんでいただきたいものだ。

一方、稲作農業に携わる人々はこの連休が一番忙しいことと思う。
殊にサラリーマンとの兼業の場合は。
茨城北部では、余程特殊な事情がなければGW中に田植えを終える農家が多い。
それだけ兼業が多いということでもあるのだろうが、競うようにこの時期に植える。

今年は連休が分かれているので、前半の連休で田植えの準備=代掻きをし、数日間を空けることで泥を落ち着かせ、後半の休みで一気に田植え、という算段の家が多いはずだ。

我が家でも、今日から代掻きを始めた。
昨日までで畔の草刈りやら、水廻しを終えており、準備万端整っての今日である。

暑すぎず寒すぎず、天気も良く、水量も十分であり、機械の調子も良く、まずまずの作業開始だ。

短期決戦。GW後半に田植えを終える。稲の生育も順調でまずまずで算段通り。
これから数日、忙しい日が始まる。