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2013年3月5日火曜日

『まさか』という言葉

先日のブログで『まさか』という言葉の紹介をした。
ブログ2013/02/01
標準語でいうところの『どんな点から考えてもその可能性がありそうには思えない様子』の意味とは全く別な意味でこの言葉を使うことがあると。
なかなか説明が難しいニュアンスの言葉ではあるのだが、以下拙い文章で説明を試みたい。

         

まずは使用例から。(この言葉は会話の中でしか使わない)

例1. とても冷え込んだある冬の日の会話
  A『今朝はだいぶ冷え込んだなぁ。水道が凍ちって出ねぇーもんな』
    B『まさか1月だもんな

例2. 片付け仕事をしたAとBの会話
  A『あ〜あ、やっと終わった。これでもういがっぺ(=これでもう良いだろう)』(→いがっぺの『が』は非鼻濁音)
  B『まさか二人でやっと早いな・・(=二人で片付けすると早いね)』

この言葉を使う際には、AとBの間にはある物事や事象について共通した認識とそれを具体的に示す事例があることが前提となっている。

1の例では、まず1月は真冬であり寒いという互いの共通認識がある。
その上で、B『ああ、共有している認識のように1月は寒いよね。まさにそんなこと(水道が凍って出ない)があるぐらいだよね』と事例を共有していることを返している訳である。

2の例では、二人には、一人より二人のほうが作業は早いという共通認識があり、そしてまた二人でやった結果このように早く終わった、という事例を共有している。


なかなかこのニュアンスはうまく伝えられないが、あえて標準語的な言葉に置き換えると、『将に斯くあらむ~(何々)』(まさにかくあらん~(なになに))という言葉になろうかと思う。
まさに(まさしく)、かく(このように)あらむ(あるような)、何々ということである。
この後ろの何々の部分に会話する者同士で共通して認識している事例が入るが、直接その事象の背景まで会話では詳しく言及することはしない。言わなくても分かっているはずの事例だからだ。そして、具体的に示す事象が『かくある』の部分である。
会話では、その共通認識事項と代表的な事例を、あなたとわたしは同じ思い・考え・感じ方で共有しているよ、という場合にこの『まさか』が使われるのである。相手の文化的背景も意識し(・・ちょっと大げさか)、かつ相手との距離間までも意識した不思議な言葉だ。
あなたと私は感覚的に共通した部分を持ち、理解を共にする仲間だよというニュアンスが漂っている。

この感覚をある程度理解した上で上記の会話を意訳すると次のようになる。
(共通している認識は下線部分である)

1.B『まさにかくあるように(今1月が寒い冬の真っ最中だという共通認識のとおり、事実水道が凍ったように)1月であるから寒いことだよなぁ』
2.B『まさにかくあるように(二人でやると一人でやるより早く終わるという一般的な共通認識のとおり、事実このように終わったように)二人でやると早く終わるものだ』

言語学を学んだ訳ではないので、正しい言語分析とはとても思えないが、上述のように『まさか』は『まさくあらむ~』の略語であろう、というのが小生の考察であり、一番スッキリする解釈だ。
ネットでもいろいろ調べてみたがどこにもこの解釈は出てこない。小生のオリジナルである。古く万葉時代の古代・上方語の名残ではないかとも思うが、果たしてどうだろう。

         

いろいろ調べているなかで、茨城弁を多角的に調査研究したHPを見つけた。
昭和35年~45年頃の県南・土浦地方の茨城弁を調査研究したもので、極めて充実している。かなりの大作である(ざっと目を通すだけでも大変なボリュームで、読み進めるにはさらに気合いを入れる必要がある)。ただ、この中にも『まさか』の記載はない。
 昔の茨城弁集
この中で茨城弁と古代万葉語・上方語との関連性について触れた部分が何箇所かある。茨城の言葉には古い時代の上方言葉が反映されているようだ。ということは小生の仮説もあながち的外れでも無いのかもしれない。

         

残念ながら、既にこの『まさか』は死語になりつつある。
かくいうワタクシも使用することがほとんどなくなってしまった。使いたい衝動にかられることがたびたびある(・・・そのほうが気持ちを正しく伝えられるような気がするからだ)が、違う似たような表現で言い替えてしまっている。相手に伝わるかどうか心配だからであるのと、怪訝な顔をされるのがオチだからだ。
言葉は文化であると同時に、生き物でもある。
こうやって時代とともに変化し、やがては死語となってしまうのは仕方ないことなのだろう。

2013年2月1日金曜日

動詞『死ぬ』はガ行五段活用している

茨城人の言葉は独特のアクセントがあってちょっと耳にしただけでああ茨城の人だと分かる。東京暮らしとなって久しい人でも、僅かに語尾アクセントに茨城訛りは残るようだ。栃木県のアクセントとも、千葉のアクセントとも、福島のアクセントとも微妙に異なる。茨城弁ネイティブスピーカーだけが聞き取れる微妙な違いがあるのである。

おそらく関西在住の人にとっては茨城と栃木と群馬は県の位置関係を含め同じようなものだとと感じているのだろうと思うし、同時に話す言葉も同じに聞こえるに違いない。われわれも、説明してもらい聴き比べれば分かるのかもしれないが、大阪弁と京都弁、神戸弁、河内弁・・はすべて関西弁であり同じに聞こえてしまう。
これだけ情報化が進んだ時代であり、人の移動も大量にしかも自由にあり、TVを見れば標準語と呼ばれるものが垂れ流されている時代なのにである。
それでもこのように均一化せず地方独特のアクセントや言葉が引き継がれるのはある意味で素晴らしいことだ。

         

江戸末期、尊王攘夷だとか討幕だと言って全国各地から志士たちが江戸や京都に集まった時代があった。そこには薩摩弁、長州弁、土佐弁、会津弁、江戸弁、京都弁、そして何よりも水戸浪士たちの茨城弁が入り乱れていたはずだが、標準語なるものが確立していないあの時代にどうやって互いが微妙な意志疎通を図ったのか=出来たのかが不思議でならない。
お互いが『こいつ、訛っていやがる。何言っているかわかりゃしない。この田舎モノ!!!』などと心のうちでは思っていたかもしれぬ。
今年のNHK大河ドラマ『八重の桜』はまさに幕末の会津や京都・江戸が舞台。テレビのようなスマートな会話では決してなかっただろうに、などと思いながら見ている。
江戸城無血開城を話し合ったという西郷隆盛(薩摩弁)と勝海舟(江戸弁)の会談は有名だが、そのやり取りはどんなだっただろうか? 興味があるところだ。
いまでもTV等で聞く年寄り世代の話す津軽弁、秋田弁、会津弁などは聞き取りにくい(あくまで茨城育ちで他を知らぬ小生の個人的な感想だが)。テロップが表示されてしまうほどだ。
だが、これはまだまだ地方の特色を失っていない証拠でもある。標準語が偉いわけでもなんでもない。たまたま首都が江戸になっただけで、そこの言葉=江戸弁が標準語扱いされただけであって、もとはローカルな言葉の一つにすぎない。

         

茨城県内でも他地域はどうか知らぬが、たとえば『死ぬ(しぬ)』と『来る(くる)』などは標準語と異なる活用をしている。(以下はあくまで小生の個人的な分析である)

この地域でも、現代の若者は使わないかもしれないし、同世代でもこうは言わないとの異論もあろうかと思うが、小生が子供のころから馴染んだ言葉の個人的感覚としてはこのようなものだ。
(ここまで書いてふと思ったのだが、来ろ=きろ とはあまり言わないような気もする)

         

そしてもうひとつ。
標準語に『どんな点から考えてもその可能性がありそうには思えない様子』を意味する『まさか』という言葉があるが、われわれ世代以上の年代の当地人は、全く別な意味でこの言葉を使うことがある。(当然ながら標準語の『まさか』もまさにその意味で使っている)
とても微妙なニュアンスで、標準語でピッタリした言い換えができない。
他地域の人と話していて不用意にこの意味合いで『まさか』を使ったりすると間違いなく怪訝な顔をされる。そんな経験をした方も多いはずだ。
実に奥深い単語なのである。
この話は、別の機会にしたい。