2011年8月8日月曜日

今日は立秋

今日、常陸大宮は午後に雨が降った。
涼しくなるかもと期待したが、熱した地面をわずかに冷やした程度で上がってしまった。
その後には、湿った風が身体にまとわりつく。
日中の不快なこの蒸し暑さでは、今日が立秋といってもその字面の雰囲気は感じ取れない。

         

ただ、最近は夜になると気温はぐっと下がってくる。
コンクリート等の蓄熱する人工物が殆どない環境である。
窓を開けているとまさに涼風が忍び込んでくる。
(幸い、窓を開けていても隣家の話し声やらテレビの音が聞こえることもないし、隣家の換気扇から焼き魚の臭いが流れてくることもない。そして防犯もあまり気にすることもない。)
田舎暮らしを実感する。
都市部にお住まいの方には申し訳ないが、すでに夜はエアコンを稼働させる必要はほとんどないのである。

         

5月頃にはカエルの大合唱であった夜の田んぼであるが、今はまったく静かな暗闇である。
代わりに草むらではコオロギが鳴き出し始めた。
この涼やかな風と虫の鳴き声で、昔のひとは秋を感じ取ったのであろう。
季節の移り変わりが、生活に密接に関わりあっていた時代なればこそだ。

日中の蒸し暑い風景の中にもその気配が忍び寄っているのに、現代人はたぶん気がついていないのだろう。
 
上方の光は月。薄いモヤがかかっている。
下の明かりはJR玉川村駅。
夜間の主役は虫たちだ

2011年8月6日土曜日

有り難きこと

福島第一原発の事故は、依然として先行きが不透明で、近隣県に住む我々としても不安は大きい。

国は事故の収束に向けて工程表なるものを定め対応している。
そのスケジュールに沿うべく、現地ではこの暑い最中でも作業員の方々の必死の作業が続けられているはずだが、現場での作業内容に関する報道が確実に少なくなってきている。
特別なことでもない限りニュースに流れてこない。

何かこういった目に見えない尊いもの(作業)に対する『敬意』が蔑ろにされている気がする。
(爆発した直後に、自衛隊の方々が決死の覚悟で放水作業をした際のような報道である必要はない)
このような作業員の方々の日夜の奮闘は、こうやって安全な場所にいてのほほんと便利な生活をしている我々にとってはとても有り難いことなのだ。

         

つい先月まで節電、節電と声高に騒いだ世間であるのに、電力供給がピンチとの報道が少なくなると、大半の人はどこか遠い昔の話のように忘れかけはじめている昨今だ。

以前のように、当たり前のこととして生活インフラが使えることは大切なことだが、その裏でどれだけたくさんの人々の苦労がその便利さを支えているか、また社会的コストをかけているか(かかっているか)、仕組みが機能不全を起こした際のリスクがどれだけ大きいか、などを常に念頭に置かないと、かかる『敬意』はなかなか生まれない。
つまり大切なのは、有り難みを忘れない、ということだろう。

あの3.11で、帰宅困難になったり、停電で四苦八苦した苦い記憶は、常に意識の中に留めておくべきであり、これだけの便利な生活はまことに『有り難し』=『そのように有ることが極めて難しいこと』であることを肝に銘ずるべきだ。


         

普段何気なく生活してきた田舎でも、当たり前のことが当たり前でなくなって初めて、その有り難みがわかった。
以前と変わらぬように見えるこの日本の大地が、目に見えぬ放射性物質に汚染されているという恐怖。
そして安心して食べ物を口にできぬ不安である。

そういう状況に置かれた我々がすべきことは、正確な情報に基づき、正しく行動することで、不安を減らすことなのだろうと思う。


         

今回、野菜類を販売所に並べるにあたり、わが農園の放射線量を正しく知りたいと考えた。
やはり買ってくださった方が口にするものであり、安全なものを提供する義務があると思うからだ。
自分の畑の作物に対して責任を持ちたいと思う。

県や市では公共施設などでの放射線量の測定値を公表しているが、では自分の住んでいる場所はどうか、畑はどうか。
やはり心配である。
この知りたいという基本的な欲求は、公表されている数少ないポイントの計測値だけでは決して満たされない。

そこで自分で計測しようと考え、ネット販売でガイガーカウンターという放射線量測定器を注文した。
約1ヶ月ほど待たされたが、先日ようやくその機器が届いた。
簡易測定器ではあるが、既に利用している人のコメントでは公的な発表値とほぼ同じ数値を検出しているとの情報から、まずまずの計測機能はあるのだろうと思っている。
ポケットがんま(Gamma)くん
早速、主に野菜を作っている畑と果樹園で、地表と地上1mを計測してみた。
市の発表値とほぼ同じ値であり、ひとまず安心した。
(畑はトラクターで土を深めに耕し撹拌しているので、やはり数値は低めだ)
順次、家の回りや田畑を詳細に計測してゆきたいと思う。

家の周囲に恐らく存在するであろう高放射線量地点、いわゆるホットスポット(・・・雨樋下や排水溝周辺だ)を正しく把握し対処することで、次世代の子供たちに対し今の大人ができる最大のことを全うし責任を持ちたいと思う。

このようなことをしなくて済む日が早く来てほしい。


2011年8月5日金曜日

稲穂が頭を垂れ始める

今日は都内に用事があったため、上京した。

そのついでに、日頃から我がファームの活動にご声援を送って下さっている、都内のあるグループの皆様方に感謝の気持ちを込めてブルーベリーを持参した。
代表の方にお会いし、お渡しして日頃の感謝を申し上げた。

皆様全員とはお目にかかることもかなわないが、暖かいご声援には本当に感謝申し上げる次第だ。

茨城の田舎で、一人頑張っているつもりでも、このような皆様に支えられているからこそやれているのだとつくづく感じる。
ありがたいことだと思う。

いつの間にか、このブログも3000ビューを超えた。
3月から駄文を書き連ねてきているが、なんと多くの方がお読みくださっていることだろうか。
これもまた皆様方の日々のご声援なのだと思う。
感謝申し上げたい。

        


まだまだ日差しは厳しいが、すこしずつ秋の気配が忍び寄っている。
稲穂がわずかずつ頭を垂れ始めた。
コシヒカリの稲穂が頭を垂れ始めた
来週末はこの地方ではお盆だ。
お盆が終わり月末近くなると、慌ただしく稲刈り作業が始まる。

当地もまた放射性物質の問題は依然としてあり、重たい。
我々にできることは、これからの実りを待ち、整斉と作業を続けること、そして一刻も早く安全な大地と空気が戻ることを祈ることだ。







2011年8月4日木曜日

常陸は国のまほろば・・・

東野から八田坂上まで坂を上ると東側に視界が開け、遠く日立〜真弓の山々が見える。
かつてあった日立鉱山の大煙突も眺められた景色である。
お気に入りの景色のひとつである。

(ちなみに、日立鉱山の大煙突とは、日立市の西方にある三作山の山頂に立てられた大煙突のことだ。
上の写真では一番奥の中央やや左側の山頂にあって、ここ辺りからもはっきりとその煙突は見ることができた。
それが何処の何のための煙突であるかは長い間知らないでいた。

建てられたのは1914年(大正3年)で、高さ155.7mは当時世界一だった。
1993年(平成9年)2月、老朽化で自然に半分が倒壊した。
長い間、工都日立のシンボルとして存在した。
遠くからでもその孤高で凛とした姿が眺められ、皆の記憶に深く刻まれているはずだ。
日立の大煙突アルバム
ある種、県北部の民の精神的なモニュメントでもあったため、倒壊を残念がる人は多い。)

         

茨城県北部に位置する常陸大宮あたりは、適度な起伏ある山が連なり、上の写真のように幾重にも青垣が続く山並みを至る所で眺めることができる。
(あまりに普通過ぎてその価値をじっくり考える人はきっと少ないだろうが)

有名な、古事記にある倭健命の望郷歌(日本書紀では景行天皇の望郷歌とされる)の

倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠(やまこも)れる 倭しうるわし

(= 倭は母なる国、私の故郷。幾重にも重なって青々とした垣をなす山々、その山々に囲に抱かれている倭は、何と美しい国だろう!)


この歌の『倭』は、そのまま『常陸』と入れ換えてもよいだろう。

『常陸は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 常陸し うるわし』
・・・常陸は最高に素晴らしいところだ。
・・・幾重にも青々とした山々が重なるように連なっている。
・・・なんと常陸の国は素晴らしいところなんだ。  ・・・・ってとこだろうか。

         

茨城県畜産センター肉用牛研究所の入り口から西へ坂を下り、水郡線跨線橋・東野バイパスを見下ろすように真っ直ぐ眺めると、やはり『たたなづく青垣』を実感する風景に出合う。
この景色もお気に入りで、愛着あるもののひとつだ。
坂上から西方向を望む
冬期には山の彼方に日光男体山が見える
まことに常陸は、まほろば。
うまし国ぞ。

常陸の国が好きだ。

2011年8月3日水曜日

野菜無人販売所に芝生を張る

野菜無人販売所の周囲が雑草だらけである。
何せ空き地になって久しい場所に作ったせいでもあるが、とにかく回りは雑草だらけなのである。
時折、草刈りはしているが到底追いつかない。
お客さまをお迎えする正面が草だらけでは、あまりイメージも良くない。

そこで正面にだけでも芝を張り、芝生仕立てとして体裁を整えようと考えた。
植える芝も、自宅の脇道周辺に勝手に生えているものを切り取り移植した。
芝生の植え付けには望ましい時期ではないのかもしれないが、仕方ない。
正面だけだが・・・
なんとか完成
日陰を作るためゴーヤも実を付け、収穫している。
一方のアサガオも屋根まで茎が伸び、花をつけた。

販売所の後方には大輪となるヒマワリを植えている。
100本が順調に生長し、背丈が1mを超えた。
やや遅めではあるが、大輪を咲かせてくれるに違いない。

少しずつではあるが(…このスポットだけ周囲の景色から浮き上がっているだのが)形ができてきた。
玉川村駅を利用する方が、この光景を見て『おやっ?』と思ってくれたら、してやったりである。

2011年8月2日火曜日

濃紺のダイヤ

早朝、野菜無人販売所に並べるためブルーベリーの摘み取りをした。
一段と色付き、熟度が増している気がする。
きっと各地のブルーベリー園も、いまが一番の賑わいだろう。

            

野菜無人販売所にならべたところ大好評で、急いで再度摘み取り、追加出品したほどであった。
熟すに従い、実が大きくなる
黒いダイヤならぬ濃紺のダイヤを出品準備
100g=100円はリーズナブルだろう
エネルギーの主役が石油に替わる前、石炭が世の中にとって重要な資源だったころ、石炭を黒いダイヤモンドと呼んだ。
あるいはまた、小豆相場を題材にした梶山季之の小説では、小豆を赤いダイヤと呼んだ。
ブルーベリーも濃紺のダイヤくらいの呼び方をしても良いのかもしれない。

            

摘み取ったブルーベリーの実のひとつに、小さな小さなカタツムリ(蝸牛)が付いていたのを見つけた。
ふ化したばかりなのだろう、体長は3mmほど。
小石かゴミと見紛うばかりの小ささだ。
気がついてよかった。

そっと別の樹の葉に逃がしてやった。
ブルーベリーの実に付いてきたカタツムリ
ふ化したばかりだろう
体長以外はすべて成虫と同じ
ツノも殻も一人前だ

2011年8月1日月曜日

クワガタ現わる

先日カブトムシが姿をみせたプラムの隣の樹に、今朝はクワガタムシがいた。

こちらを警戒し、大アゴ(一般にはツノ・キバ・ハサミなどとも呼ばれるが、愛好家や専門書では大アゴと呼ぶらしい)を開いて威嚇している。

精一杯の威嚇であるが、体長も小さくてかわいい。
じっくりと近辺を探せば何匹も、大きなものも、見つけられるのかもしれない。

すくそばに作った踏み込み温床は発酵が一段落したようだが、作られて日も浅いので、この豊潤な腐葉土の中にこれら昆虫の卵が産みつけられたとは考え難い。
やはり近くの山にある腐った木や土の中か。

虫も鳥もヒトも、渾然一体となって生活している感があるこの場所である。
こんな昆虫にごく普通に遭遇できる環境は、やはりかけがえの無い財産だ。

夏休みの小学生たちが( そして、大人にもいるマニアが )泣いて喜びそうな昆虫たちであるが、幸いにもここにはそれら天敵はいない。
きっとかれらも夏を満喫しているに違いない。